カチャーシーも沖縄の伝統芸能のひとつとしてとらえられるのだろうが、イベント色が濃すぎて、いわば、オキナワソダソシンダといってもよいだろう。結婚式や生年祝い、還暦祝いなどすべてのお祝い事に欠かせないのである。それだけでは飽き足らず、各市町村の祭りのフィナーレとして演目登録される始末。宜野湾市などは、市が中心になって行う祭りに『飛衣羽衣カチャーシー大会』と銘打った一大イベントを併催。毎年行われる大会では、3万人以上が詰めかけカチャーシーを乱舞するのである。その会場でも「見ているとこっちも踊りたくなる」「なんだか、ワクワクしてくる」という声が続出。カチャーシーのワクワク感は幼児期の刷り込みの結果なのである。こうした場では、民謡に特に慣れ親しんだワケでもない世代も促されれば、出ていってこねり手、ひねり手でみごとに踊る。フリーダンスなので、琉球舞踊のように熟練しなくとも簡単に踊れてしまう。しかし、上手・下手はすぐにわかってしまう。三線や琉舞に親しんでいる人が踊ると、手つきといい、腰つきといい、優雅でしなやかで、カチャーシーといえどウットリとさせられてしまうほどみごとなのだ。つまりはこのカチャーシー、奥の深い踊りともいえるのである。
島ノ下を出ると、車窓には緩やかな起伏のある雪原に変わった。ラベンダーを初め、さまざまな花や緑に彩られた見事なパノラマが車窓に展開していることだろう。そのすばらしい風景に思いを馳せつつ、白い庄陵の間を進むと、左手から富良野線のレールが接近。このあたりで、ダイヤ通りなら富良野10時44分着の富良野線727D、キハ50単行の姿が見えるのだが、2429Dは遅れを1分戻すのが精一杯。横内の側線に設けられた簡易宿泊車両「ツーリングトレイン」を櫛目に10時52分、7分遅れで富良野駅2番ホームに滑り込んだ。ここで2429Dは後部に1両増結。そのため、本来なら24分間停車するダイヤが組まれている。が、ここまで列車は7分遅れだ。それでも、所定の停車時間を維持するのだろうか。富良野到着前の車内放送では、特に何も触れていない。少し心配になってホームに降りる際、運転士に尋ねてみる。「遅れてますけど、発車は11時9分ですか?」「そうです。11持9分です。発車時刻は変わりませんから」やはり、案の定であった。停車時間を短くして遅れを回復させるようだ。
帰途、アルゼンチン航空からヴァリーグに乗り換えたら、来る時に知り合いになったヴァリーグの台北支店に勤めている台湾人の青年とまた顔を合わせた。ブエノスアイレスでパスポートを盗られたために遅れた話をすると、自分と同じ便で研修に来たヅアリーグの東京支店の日本人もリオデジャネイロでパスポートを紛失したという。本職の飛行機会社のスタッフでさえも泥棒に合うくらいだから、こちらがやられるのもやむを得ないわいと少しは慰めになったが、添乗員にその話をしたら、添乗員の仲間もリオでカバンを足の間に挟んだまま航空会社のカウンターの職員と話をしている間に気がついてみたら、カバンごとなくなってしまった、しかもカバンの中にはツアーのお客の全部のチケットが入っていたために大弱りに弱ったという話だった。どうもこうなると、南米はかっぱらいと置き引きの名所らしく、そんなことがガイドブックのどこにも書かれていないので、ついえらい目に合わされるのだということがよくわかった。以来、パスポートの扱いには異常なほど神経をとがらすようになった。